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興和江守に息づく文化と
これから。

営業セクションで会社を牽引してきた杉本と山﨑が語る対談企画です。
30年近くの時間を、興和江守の営業社員として歩んできた二人の対話からは、
会社に息づく文化や揺るぎないお客様との関係性が見えてきます。

PROFILE

杉本真幸

杉本真幸Mayuki Sugimoto

営業部門長 兼 テキスタイル事業部長

1986年入社。染料など繊維加工剤の販売を担当。金沢支店、東京支店、海外営業部門を経て、インドネシア・ジャカルタに営業として約5年間駐在。2006年から約10年間、中国・上海にて現地法人責任者として繊維加工剤の販売・新規開拓に注力。2017年、興和江守取締役に就任。

山﨑謙一郎

山﨑謙一郎Kenichiro Yamazaki

営業部門副部門長 兼 事業推進室長

1991年入社。本社・化学品部門の営業を担当し、大阪支店、東京支店を経て、シンガポールで営業として約5年間駐在。帰国後、本社・海外営業支援を担当した後、エレクトロニクス部門で新規開拓を展開。2012年から約8年間、現地法人責任者としてタイに駐在。2017年、興和江守取締役に就任。

TALK: 1

丁寧に教えて、広い視野で見守る。
だから、いろんな「情熱」が成長できる。

【杉本】山﨑さんと私もそうですが、昔から当社には先輩と後輩の距離が近い、フラットな環境があるように思います。

【山﨑】そうですね、割と年齢に関係なくコミュニケーションが取れているのは、当社の社風のひとつではないでしょうか。私が入社した当時は、まだ企業規模が小さかったこともあり、レクリエーション的な社内イベントがたくさんありました。今でもその流れで、小さなコミュニティごとに懇親会を行ったり、社内イベントとして地域のマラソン大会などに参加したりしています。

【杉本】距離が近いから、仕事の悩みなども相談もしやすいんじゃないでしょうか。かつては、「とにかくやってみろ!」というような風潮もあったように感じますが、近年では、できるだけ細かく、分かりやすく教えるスタイルが主だと思います。

【山﨑】確かに、皆、丁寧に教えています。「何でも自由にしていいから」というような放任する仕事の任せ方はしていません。どちらかといえば、先輩が気に掛けながら見守っている中で、若手社員は最大限に自由に頑張るという感じでしょうか。

【杉本】自由には責任が伴いますからね。万が一失敗して、お客様に迷惑を掛けるようなことがあってはいけません。当社では、先輩が見守る中で、若手社員が安心して思いっきり働ける状況ができていると思います。ただ、見守るにも様々なかたちはあると思います。細かく指導したほうが良い人もいれば、「任せてください!」という人もいますから。その人に合った方法で導くことが大事なのでしょう。

【山﨑】様々な人がいて、成長の仕方も様々ですね。例えば、商社の営業というと多くの方が明るくアクティブなイメージを持っているのではないでしょうか。でも実際は、物静かで真面目な社員もいて、そういう社員もちゃんと成果を挙げています。先日、ある若手社員が、海外のお客様から新しい仕事を受注しました。会社ではどちらかというと目立たないほうかもしれませんが、コツコツと少しずつ堅実に信頼を積み重ねていった上での成果だと思います。私も嬉しくなって一緒に喜んでいました。

【杉本】商社の営業の方にいろんな社員がいるのと同様に、お客様にもいろんなタイプがいらっしゃいます。つまり、お客様のためになる仕事のやり方も、無数にあるということです。当社には、「Mission with Passion」というポリシーがあります。「責任ある仕事を、情熱をもってやり抜く」という意味を持っています。常に情熱を持って仕事に取り組むことは、重要です。でも、表に出す人も、内に秘めている人も存在して良いのだと思います。当社には、どちらも受け入れる許容があります。

【山﨑】前線で勢いよくお客様のところへ飛び込んでいく人も必要だし、バックオフィスで冷静にサポートする人も必要ですからね。そう考えながら昔をふり返ってみると、多少スタイルは違いますが、私も上司に見守られながら育てられてきました。当社には、見守ってくれる先輩がいる、という伝統があるのかもしれませんね。これからも、その伝統がしっかりと続いていくようにしなければと思います。

TALK: 2

日本の常識が通用しない中で、
悩み行動した経験が、今の自分をつくった。

【杉本】私が山﨑さんと最初に会った場所は、海外でした。私はインドネシアのジャカルタに、山﨑さんはシンガポールに駐在していた時でしたね。何百人も社員がいるのに、南半球にいたのは二人だけだったんです。当時、私は確か36歳でした。

【山﨑】私は29歳です。当時は、月に一度はインドネシアへ化学品の営業に足を運んでいたので、その際に現地駐在員としてアテンド頂きました。最初、杉本さんは怖い印象でしたが、もちろん、実際お話してみるとそんなことはなく、とにかくよく面倒を見てもらいました。インドネシア国内各地に連れてってもらいましたし、お客様とのゴルフや会食などにも頻繁に同席させて頂き、最後は家族ぐるみの付き合いになりました。

【杉本】楽しい話もたくさんしましたが、二人ともなかなか売り上げが上がらなくて悩んでいたので、その課題についてもよく語り合いましたね。山﨑さんが担当していたシンガポールはまだ進出したばかりだったのでしょうがなかったかもしれませんが、私の担当していたインドネシアでもなかなかお客様が増えませんでした。繊維関係はある程度伸びていましたが、そこからが広がりませんでした。当社の持っている商品群と顧客ニーズがマッチしにくかったですね。

【山﨑】当時はまだ海外営業支援の機能が充実しておらず、日本からのサポートも行き届いていなかったように思います。携帯電話やメール等のインフラも未発達であり、当然ですが、文化も法律も、個々人の考え方も全く日本とは異なりました。海外に行って、日本での仕事のしやすさを強く認識した記憶があります。それでも、3年目くらいからは慣れてきて、実績が出せるようになってきました。文化を把握し、現地の人脈ができ、海外での仕事のやり方がわかり、やりがいに繋がりました。

【杉本】今は、現地ネットワークや、人事、輸出入のサポートなど、海外での営業支援体制ができているので、当時とは比較にならないくらい営業はしやすいと思います。でも、やはり3年くらいの駐在期間は必要でしょう。その場所とその時の状況に合わせて、臨機応変に考え、行動することが重要になる海外での経験は、非常に大きな財産となります。

【山﨑】海外での経験は、間違いなく今の私の基盤になっています。特に2回目の駐在が大きな価値をもたらしてくれましたね。1回目は、基本的に営業担当の一社員として活動していました。2回目は、現地法人の責任者としてタイへ向かったのです。スタッフは、日本人が6人、タイ人が30人。組織もしっかりしていて、人事、労務、財務、税務、営業という会社として必要なあらゆるセクションがそろっていました。それらを責任者として取りまとめ、現地で機能させていくことが最も重要な役割でした。

【杉本】現地法人責任者という役割には大きな裁量を預けられている反面、責任の大きさもあります。私はそれを中国で体験しました。今でも忘れられないのは、売掛金回収に苦労したことです。中国では、営業して販売にたどり着いても、期日までに入金がされていないこともありました。そうなると、通訳を連れ立ってお客様のもとへ回収に向かうわけです。物を買ったら期日までに支払う。そんな、日本で当たり前のことが通じない。交渉時、幾度も冷や汗をかきました。それでも、何とかして仕事を成立させていきました。

【山﨑】現地の状況が一番分かっているのは責任者でなければいけないし、同時に、最終的な判断も委ねられます。社員は皆、私に頼ってきます。未経験の課題にぶつかりながらも、その都度勉強して、思い悩みながらも答えを出し、同時に売り上げを伸ばすことを考える日々でした。当時は、マニュアルなどは存在しなかったので、今、何ができるか、今どんな方法がふさわしいか、など常に頭を巡らしていました。この2回目の駐在のおかげで、肝が据わったように感じます。

TALK: 3

繫がりから生まれた、大きな貢献。
お客様に寄り添ってきた歴史の一端。

【山﨑】海外での時間は、経験のみでなく、たくさんの貴重な人脈も残してくれています。

【杉本】例えば、海外へ進出している国内企業のお客様は、同じ駐在先で活動する私たちとの交流を大切にしてくださいます。ありがたいことに帰国した後も、その関係の多くは続いていきます。

【山﨑】そういった繫がりについて語ることのできるエピソードがあります。2011年3月に発生した東日本大震災の時、もとより当社の大口顧客であったお客様から連絡がありました。電話してきてくださったのは、私がシンガポールに駐在していた際に、とてもお世話になった方でした。帰国してからはそれほど連絡を取っていなかったので、改めてご挨拶をさせて頂くと、ある工程薬剤が震災で入手できず助けてほしいという内容でした。

【杉本】もとより当社のお客様ではありましたが、その工程薬剤に関しては他の商社が納入していたんですよね。

【山﨑】はい。とにかく急いで、国内で探したところ、どこにも在庫がありませんでした。考えた末に、杉本さんが駐在していた当時の中国の現地法人に問い合わせたところ、駐在スタッフの方が駆けずり回って探してくださり、無事に手配することができました。なくて困っていた製品とはいえ、量としてはドラム缶一本分です。事を成し終えてしまえば、私の中では、「よかった」とほっとする以上のものではありませんでした。

【杉本】でも、実はお客様にとっては、それがなかったら工場のラインがストップしてしまうほどの重要な製品だったんですよね。大事な時に、ネットワークと人脈とスピードを活かした商社らしい働きでお客様を支えることができたのは、非常に嬉しいことです。

【山﨑】本当にそう思います。しばらくして、そのお客様から表彰を受け、数年後、会食にもご招待して頂きました。さらに、この話には続きがあるんです。当社のエレクトロニクス事業部から、このお客様にある大きな提案をさせて頂く機会があり、無事に採用されました。後に、当時の担当の方がタイに来られて会食をした際に聞いたのですが、震災当時ドラム缶一本分の工程薬剤の件で貢献させて頂いたことが、当社の受注に大きく影響したということを聞きました。シンガポールで生まれたご縁が、様々に繋がっていることをありがたく感じています。

【杉本】お客様に永く寄り添い貢献することは、創業より息づく当社の存在価値であり、ルーツだと言えます。当社は、福井で生まれ、110余年にわたって、地域のお客様に寄り添いながら、支えられて今があります。福井から北陸に手を広げ、やがて、大阪、東京へと展開し、海外へと進出していったのです。創業当時から支えてくださったお客様とはいまだにお付き合いをさせて頂いています。今後、地域のお客様に新たな提案をさせて頂くためにも、さらに海外の拠点を増やしていきたいと考えています。ミャンマー、カンボジア、ベトナム、インド、バングラデシュなどの東南アジアを視野に入れています。

【山﨑】それは、当社のお客様が進出しているエリアでもありますね。お客様は、中国やタイといった成熟を果たしつつある国々から、これから発展する場所への展開を求めています。当社としては、従来、築き上げてきた仕事のスタイルを、新しいステージに適応させながら展開していきます。

TALK: 4

新たな進化で、より働きやすい環境へ。
将来の仲間に伝えたいこと。

【杉本】創業から続く考え方やお客様との関係を守りながらも、新しい時代に合わせてビジネス手法を築いていくことが、今後必要になってきます。例えば、新型コロナウィルスの影響で進んだデジタル化により、リモートによる営業・交渉のスタイルが広がっていますが、商社営業のかたちは、さらなる進化の余地を残していると思います。出張について言えば、現地に行かなくてもできる業務と、現地に行ってこそ可能な業務が、より鮮明化されていくのではと考えています。

【山﨑】仕事のやり方そのものを大きく変えるチャンスが、生まれつつあるということですね。当社は、デジタル面での改革については特に伸び代があると感じています。そこで生まれる効率性や、デジタルを使ってこそできるサービスは、お客様へのメリットとなると共に、当社社員の働きやすさにも繋がると考えます。これまでのアナログ的な部分とデジタル面をミックスさせることが重要だと思います。

【杉本】さらには、より働きやすい環境づくりの一環として、人事ローテーションの一層の円滑化を進めていきたいと考えています。同じ海外拠点のお客様を長い期間に渡って担当し続ければ、担当した社員のスキルが伸び、強みとなるでしょう。でも、その社員しか対応できないというのは、会社のリスクになります。会社の信頼度を高めるためには、誰もが対応できる状態を目指す方が良いです。海外駐在だけでなく、国内についても言えることですね。

【山﨑】確かに。一人ひとりの社員にとっても、いろんな場所、いろんな業界を経験することは、ビジネススタイルの異なるパターンを学べますし、様々な課題に対峙することができます。必ず貴重な時間になると思います。

【杉本】これは、部門間の人事ローテーションについても同じことが言えそうですね。各部門を経験することで、社員個々人に様々な知識が身につき、活動の視野がより広がるのではないでしょうか。

【山﨑】最後に。今、就職活動を行っている学生の皆さん、将来、商社で働く際には、向き合うあらゆることに柔軟性を持って取り組んでもらいたいと思います。商社ビジネスには、状況を見極めながら臨機応変に対応する力が求められます。自分の頭で考え、自分の意見をもって主体的に行動して欲しいと思いますが、これまでの経験でつくりあげたモノサシだけで物事をはからず、新しいものにも積極的に取り組んで欲しいと思います。それが、これから先で得る多様な経験を、未来の武器に変えていく方法なのだと思います。新しい商社ビジネスのかたちを共につくりましょう!

【杉本】私が、学生の皆さんに伝えたいのは、自らの可能性を歩んできた道のりだけで決めつけないでほしいということです。当社の仕事においては、理系であろうが文系であろうがほとんど関係ありません。理系の学校卒で言葉や概念を操ることが得意な人もいるだろうし、文系の学校卒で式や仕組みを扱うことが得意な人もいると思います。文化系と体育会系も同様です。私は、人が成長することにおいて一番大事なのは、素直であることだと思っています。まずは、しっかり聞く耳を持つこと。次に、先入観を持たずに深く考えること。私たちは、誰かのマネをするあなたではなく、あなたそのものを見たいです。いつか一緒に仕事をできる日を待っています!